私は数年前の平成大不況のあおりでそれまでの職を失って以来、民事専門の弁護士をしている妻を家庭で支える「主夫」として働いています。いえ、ただしくは妻の「妻」、と言ったほうがいいのでしょうか。わたしと妻との夫婦関係は、この数年感で完全に逆転してしまったのです。長くなりますが、わたしたち夫婦の異常な性生活の話を聞いて下さい。誰かにこの秘密をあらいざらい話さないと、わたしはいつかおかしくなってしまいそうなのです。
そもそも、私たちの夫婦生活は通常とは少し違ったものでした。中小企業に勤めるごく普通、いや平均よりもやや「できない」営業マンだった私、誠司と、大学在学中に旧司法試験に合格し、そのまま大手弁護士事務所にとんとん拍子に勤めた妻、絢子のカップルは、はじめから「月とすっぽん」の表現がふさわしい、ふ釣り合いなものでした。今更出会いのきっかけや交際のあれこれを振り返っても仕方ないので書きませんが、自分でもよくこれほどの女性と結婚にこぎ着けたものだと思います。絢子は独身のころから、理知的でいながらすごく溌剌としている、一緒にいると元気が出るような魅力的な女性でした。女性にしてもやや小柄な体に、形のよいバスト。髪を長めにしているので今は少しイメージが違うかもしれませんが、ショートにしていた大学時代は、広末●子によく似ているなと思ったものです。友人たちにもよく指摘されたので、これはわたしの自惚れではないと思います。ただそんな妻も、家で仕事をしているときは、時折ぞくっとするような怜悧な目つきをすることがありました。のんびりとした営業マン生活をしているわたしには想像も付かない、レベルの高い悩みを抱えていたのかなと今では思います。しかし、当時のわたしはそんな彼女の心のケアも十分にできない、だめな夫でした。そのことを、いまでは痛烈に後悔しています。
「ごめん、また昇進試験うまくいかなかったよ。幹部面接でまたハネられちゃったみたいだ」
「そっか、残念だったね。また次があるよ、来年がんばろうね」
絢子とこんな会話を何回繰り返したでしょうか。昼間はピシっとしたパンツスーツを着て仕事をこなし、夕方にはうちに帰って家庭の女性としてきちんと振る舞う絢子に対し、わたしは自分の仕事すらまともにできないていたらくでした。業績が傾いた我が社は数年前から大規模な人員整理に乗り出していたのですが、そのリストの上位にわたしの名前が載ることになったのも、このことを考えれば当然とも言えるでしょう。わたしは妻より8つ年上なのですが、妻の給料は初任給からすでにわたしの稼ぐ額を超えていましたので、いまさらリストラくらいで夫としてのプライドが打ち崩されるということはありませんでした。ただ、妻への申し訳なさと気恥ずかしさ、そして「ああ、これでもう妻と自分の給与の差におびえなくてもいいんだ」という小さな安堵があったのをよく覚えています。