繁華街での夜。咲希は、僕に二通の封筒を渡した。ぺらぺらの白の封筒には、緑色をした離婚届が一枚。もうひとつは明らかに書類以外のものがいくつも入った、重く、ごてごてと角ばった黒い封筒だった。「焦っちゃダメよ、家に帰ってから開けてね」と笑顔を見せる咲希は、僕の知っている妻ではない気がした。口調も笑顔もそっくり同じ。でも、その瞳の奥に、僕への嘲りと倉田への陶酔が見て取れた。
「別にすぐ決めなくていいんだぞ。破滅する権利は誰にでもある。中に書いてあることは冗談でもなんでもない。全て当然のこととして執行する。これは純然たる契約だ。君がどちらの封筒を選んでも、俺は楽しめる。ただ個人的には、黒い封筒のほうをおすすめするがね」
「よーく読んで決めてね。白い封筒を選んだら、あなたの人生は基本的に終わり。離婚したらあたしには二度と会えないし、仕事はやめなくちゃいけないし、路頭に迷うことになる。黒い封筒を選んだら、あなたは人間じゃいられなくなるの。私たちのペットよ。でも、これからも温かい家にいられるし、ご主人様に養ってもらえるし、運がよければわたしのいやらしい体でたくさん射精もできる。ドMのあなたが大好きな、と~ってもエッチな生活が待ってるわ。あはっ、どっちを選ぶのかな?短小で包茎の旦那様!」
そう言いのこし、ふたりでひとしきり爆笑したあと、べたべたと互いの体をまさぐりあいながら繁華街に消えて行く倉田と咲希。その場に残されたぼくはしばし呆然としていたが、やがてふらふらとした足取りで帰途に就いた。全てが信じられなかった。できるなら昨日に、いや、咲希がぼくの隣で眠っていたあのころに、戻りたかった。
家についた僕は、のろのろと黒い封筒を開けた。その分厚さから予想はしていたが、中に入っていたのは書類だけではなかった。犬の首輪のようなもの、金具のついたチェーン、小さな拳銃のようなかたちをした金属機具、細い注射器と注射針のケース、得体の知れない錠剤・・・ごとごとと音をたててテーブルの上に散らばる奇怪な道具たちに、僕は言い知れぬ不安を感じる。最後にばさりと出てきた書類には、なにやらぎっしりと法律のようなものがつづられていた。その文章を読み進めていくうちに、ぼくは自分の中にこんな感情があったのかと、驚愕することになった。
最後に封筒に入っていたそれは、ぼくが倉田の奴隷になることを誓わされる、契約書だった。
以下に、その一部を紹介する。
■奴隷夫誓約書
この誓約書は、甲<倉田修一・工藤咲希>(以下「御主人様」「奥様」)と乙<工藤翔太>(以下「奴隷夫」)との主従関係について、以下の通り奴隷夫誓約を締結するものである。
第1条(宣誓)
1 肉体的精神的自由を放棄し、御主人様と奥様に生涯お仕えする奴隷夫となることを誓います。
2 人間としての資格・権利等一切の人権を放棄し、御主人様と奥様の所有物として全ての命令に従うことを誓います。
3 御主人様と奥様が快適な生活を送られるように御奉仕し、常時最大限に御満足頂けるよう気遣い、御配慮することを誓います。
4 御主人様と奥様の喜びは奴隷夫の喜びと感じて御仕えすることを誓います。
5 奴隷夫は御主人様と奥様の専属奴隷夫であり、他の奴隷にはならないことを誓います。
第2条(日常)
1 日常生活に支障のない時には、肉体的・精神的な自由を一切放棄して、奴隷夫として御主人様と奥様に御仕えします。
2 炊事、洗濯、服の着替え、歯磨き、肩もみ、指圧、歯磨き、歯石とり、体洗い、風呂上りの体拭き、爪きり、耳掃除、ひげ抜き、靴磨き、掃除等、できる限り御主人様と奥様の手を煩わせないよう、身の周りのお世話を喜んで務めます。
3 外での仕事で得た収入は、全てご主人様の口座に「調教お礼金」として振り込ませていただきます。
4 ご主人様、奥様がお帰りになる前に「プレイルーム」を掃除し、万端の準備を整えます。
5 奴隷夫の全ての行動には御主人様の許可が必要です。
6 基本的に、常に「正装」(第3条参照)を心がけ、命令がない限り奴隷の性器に手で触れることを自粛いたします。
7 奴隷夫は、基本的に日に一度、ご主人様の支給する「奴隷薬剤」を適切に服用、注射し、日々肉体改造に勤しむことを誓います。
8 人間様用のトイレは以後使用せず、常時「おむつ」を装着することを誓います。
9 基本的に、奴隷夫は四つんばいで行動し、自分が人間以下のクズである自覚をもって行動することを誓います。
第3条(正装)
1 奴隷夫の正装は、特別な御指示がない限り、全裸に首輪と貞操帯、そして「おむつ」を着用することとします。ただし、御主人様より御命令があった場合、及び日常生活に支障の出る範囲においては、衣服の着用が認められます。
2 陰毛は常に剃毛しておきます。
第4条(絶対服従)
1 御主人様と奥様に対しては常に敬意を払い、最上級の敬語、最上級の礼儀作法を用いて一切の非礼を行わないよう努めます。
2 御主人様のどんな命令にも異議を唱えないものとします。
第5条(ご奉仕)
1 御主人様と奥様に楽んで満足して頂く為に、いついかなる時にも全身を使って御奉仕します。
2 御主人様と奥様により御命令があれば、全身どこでも舌を這わせます。
3 お二人がプレイ中は基本的に正座または「チンチン」のポーズで、足置きやアダルトグッズ置き、ビデオ撮影係などとして奉仕いたします。別途ご命令があれば、そのとおりに致します。
第6条(調教の基本方針)
1 御主人様からの御調教、肉体改造はたとえ苦痛を伴うことであっても、奴隷夫は全てを甘受し快感を得られる体になるよう努めます。
2 御主人様の喜びは奴隷夫の喜びと感じ、いかなる御調教もお受けできる体になることを誓います。
3 御主人様の御命令があれば、奴隷夫はオナニーする姿を披露します。手を触れずに射精する「芸」も、近日中にできるようになるよう肉体改造をおこたりません。
4 御主人様の射精後、ご命令があれば、御主人様のペニス様を奴隷夫の口できれいに致します。
第7条(飲尿調教)
1 飲尿のご命令が下りましたら、御足下に正座して御主人様と奥様専用の便器になり、おしっこを感謝してお受け致します。
2 御主人様と奥様のおしっこは一滴もこぼさず頂くことを誓います。万が一こぼした場合、頭、顔、体、服におしっこをかけて頂き、後で大切に舐めさせていただきます。
第8条(ご褒美)
1 奴隷夫のお仕えが良かったときのみ、御主人様から各種の「ご褒美」が与えられるものとする。
2 奴隷妻は御主人様から頂けるご褒美を、心から感謝してお受けすることを誓います。
第9条(絶頂)
1 御主人様と奥様の許可なしに奴隷夫は勝手に逝かないことを誓います。
2 逝きそうな場合、かならず御主人様に許可を頂きます。
3 逝った後は、即時、なぜ射精したのかを御主人様または奥様に御報告した上で、撒き散らした汚いザーメンを全て口で掃除することを誓います。
4 万が一御主人様の許可なく逝った場合、どんな懲罰でも甘受することを誓います。
第10条(存在位置)
1 御主人様がいらして、御主人様のペニス様がいらして、その下に奥様、さらにその下に奴隷夫を置いていただくことを感謝致します。
2 奴隷夫の体は御主人様が所有する性処理玩具です。
3 御主人様のお気に召すまでお好きなように、奴隷妻と奴隷夫の体を玩具として扱って頂きます。
第11条(肉体改造)
1 御主人様の奴隷の証として、ピアス、局部改造、洗脳、薬物調教、刺青等の肉体に対する刻印を甘受することを誓います。
第12条(懲罰)
上記の誓約に反する事があれば、どんな懲罰でも甘受することを誓います。
第13条(誓約破棄)
1 奴隷夫はこの誓約を破棄することは出来ないものとします。ただし、双方もしくはどちらか一方が死去した時はこの限りではありません。
2 御主人様と奥様は、常にこの誓約を追加・変更することが出来るものとします。
第14条…
…以上誓約の証として、本誓約書1通・写し1通を作成し、甲乙の記名の上ご主人様が保管し、写しを奥様が保管するものとする。
全てを僕は読み終わって、リビングのソファにぐったりと体を預けた。
正直に言って、僕はそのとき、情けなくもビンビンに勃起していた。この誓約書の圧倒的な内容に、自分の心がときめいているのを隠せなかった。この感情を、万人に理解されるとは思っていない。最愛の妻を寝取られておいて、その間男に隷属させられることに興奮する? それは、普通の人間の感覚ではない。どうやら、僕は本当に―――変態のドM男だったようだった。
咲希が倉田に寝取られつつあることに気づいていたのに、これまで何の対処もせず、黙って指をくわえていた自分。それは、ただ手をこまねいていたのではなかった。40万円という妻の高額な給料にすがっていたのでもなかった。僕は、倉田に妻を寝取られ、それに嫉妬しながら毎日オナニーする快感に、心から酔いしれていたのだ。
倉田に感じていた怒りが、すっと消えていくのを感じた。もう、全てがどうでもよかった。
僕はその日、倉田の奴隷になることを望んだ。
数日後の夜、僕の携帯が鳴った。僕一人だけの寝室に、当たり前のように咲希と倉田の、プレイ中の淫らな声が響き渡る。
「どうだ、決まったか?黒か白か」
パン!パン!パン!パン!
「あひっ!おぉ、おマンコズボズボ気持ちいいッ!ご主人様のデカチンが咲希のすけべな穴でズコズコしてるのっ!旦那のチンポよりずっと気持ちいいっ!はひっ、あハァんッ!!」
携帯電話のむこうで、咲希がもだえる悲鳴が聞こえた。
「黒を選べば、いますぐこのマンションの場所を教えてやる。白なら、電話を切っていい。全て、君の思うとおりに事が運ぶだろう」
パン!パン!パン!パン!
「ご主人様ッ!ザーメンください!特濃ザーメン、咲希のスケベマンコにたっぷり注入してください!」
「電話中だ。誰が発言していいと言った!?」
バチイン!
「ああッ!たっ、大変失礼いたしましたあ・・・!咲希の、どっ、奴隷マンコを!ンッンッン・・・引き続き、お楽しみください!アハンっ!ヒィッ!」
異常な世界。
めくるめく世界。
「さあ、翔太くん?どうする?」
答えを、僕は呟いた。
ドビュゥウッ!
「おっほおおおおおっ!出てる!子宮タンクにザーメン出てます!旦那のクソザーメンの何倍もっ!気持ちイイっ!ッヒイイ!マンコ・・・咲希のすけべマンコ気持ちいいィーーー!イグッ!イクイクイグぅーーーーーっ!」
咲希が、電話の向こう側で絶頂を迎えた。ぼくは、用意していた答えを倉田に告げた。
「・・・わかった。いまからメールを送る。2時間後に、契約書どおり適切な「処置」をして、指定の場所へ来い」
プツッ・・・ツー・・・ツー・・・
回線が切れた。僕は、いつのまにか右手で細いチンポをこすりあげ、枕の上に白濁液を撒き散らしていたことに、そのときようやく気がついた。
契約が終わったのだ。
僕は、今日から生まれ変わる。
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