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【1】美優~転落アイドルAVデビュー~

最終更新:2012/05/14 02:58 │ ブログ記事 | コメント(3)
 「僕の彼女はアイドルをしてます」


 そんなふうに紹介すると誰もが「嘘をつけ」という顔をするだろうが、本当なのだからしかたがない。日下部美優(くさかべ みゆ)が芸能事務所に所属してアイドル活動をしているのは本当だし、僕が彼女と付き合っているのも決して嘘じゃない。僕と彼女は小学校からの幼なじみで、高校の卒業式で彼女に告白されて僕らは彼氏彼女の関係になった。そこまでは本当だ。

 まあ種明かしをしてしまえば、美優は誰もが顔や名前を知っているような有名アイドルではないのだった。正直「アイドルの卵」とか「草の根アイドル」みたいな表現をしたほうが適切なのかもしれない。彼女が所属している「ツインテール」というアイドルユニットは、例えば学園祭の後夜祭の前座や、せいぜい秋葉原で新しいゲームが発売するときの賑やかしといった程度の仕事をしていて、普通の人たちが「アイドル」と聞いて想像するような、デビューしたとたんに大舞台に呼ばれるような、CDを出せば飛ぶように売れるような、そんなとんでもない存在ではないのだった。僕にとって美優は大切な恋人、それ以上でも以下でもないのだ。


 「ツインテール」は、学校の制服を模したらしい臙脂色のチェックスカートに可愛らしいデザインのネクタイがチャームポイントの、いわゆる学園系アイドルグループだ。まあよくある話で、メンバーは全員ユニット名のとおり、髪をツインテールに結っているのが売りである。彼女らの衣装は、僕にはどう見てもAKBの劣化コピーのようにしか見えなかったが、それでも彼女らにはコアなファンがそこそこ付いていたし、ある一定の人気は博していたようだった。全員が十代半ばだったデビュー時はともかく、ここのところ微妙な仕事しかもらえない落ち目なアイドルグループではあったが、それでも美優は「どんな仕事もチャンスの入り口なんだよ」と、国民的アイドルグループのプロデューサーが言ったといううさんくさい格言を自分に言い聞かせて、彼女なりに一生懸命、活動を続けていた。
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 特段自慢をするつもりはないが、小柄で幼く可愛らしい顔立ちの美優は「ツインテール」の中でもいちばん人気があり、歌もダンスも専門スクールに通って人一倍頑張っていた。いつか有名アイドルになりたい、という美優の夢を僕は荒唐無稽だと思わなかったし、むしろいつかそれが実現して彼女が僕のもとを去ってしまうのではないか、と心のどこかで怖がってもいた。

 家が近所で幼なじみだった僕らが付き合っていることは、親しい友人にも事務所にも、完璧に秘密にしている。アイドルに彼氏がいてはいけない(ことになっている)のは、いつの世も常識である。友人と一緒にいるときはできるだけ会話を交わさないようにしていたし、デートのときは、もちろんサングラスや帽子で変装することにしていた。まだアイドルの卵とはいえ、今はツイッターやソーシャルサイトですぐに噂が広まる時代だ。用心するに越したことはなかった。


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 最近、美優は学校やダンススクールの学費がかさみ、かなり深刻に悩んでいるようだった。彼女の実家は商店をやっていたが、あまり裕福なほうではなかったし、彼女がアイドル活動でもらえる報酬は事務所に中抜きされて、本当に雀の涙程度である。僕は何度か金銭的援助を申し出たことがあるが、彼女は「いいの、ハルくんは何にも心配しないで。今度のオーディションに受かれば、全部うまくいくんだから」と笑うだけだった。

 彼女に何度も訪れる「今度のオーディション」は、それぞれが芸能界の一大登竜門であり、確かにそれに受かれば人生ががらっと変わるようなものだったが、募集人数数名に対して数千人が応募するような狭き門であることもまた確かだった。彼女ははじめ、大きなオーディションばかり選んで挑戦していたようだったが、登録費という名目で主催者側に搾取される金額も次第にばかにならなくなってきたらしく、最近はもっと規模の小さいオーディションにも積極的に応募するようになっていた。ときには首尾よく受かってTVに映れることもあったが、ふたを開けてみれば、深夜番組のスタジオでひな壇に並び、芸人の言葉にいちいち大げさに笑ったり拍手をしたりする程度の仕事だったりして、なかなか彼女は「チャンスの入り口」にたどり着けないでいるようだった。落胆する僕に、美優は喜んでいるんだかがっかりしているんだかよくわからない顔で、「まあ、これも修行だよ。これがきっかけで次のお仕事が来るかもしれないし」と苦笑いしていた。


 僕が心配だったのはそれだけではない。彼女の事務所の40代のプロデューサーが、ここ数ヶ月、しつこく彼女にアプローチを掛けているのだ。その男はこれまで2度の離婚歴があり、しかもその元妻はいずれも自分の事務所の元タレントだったというくせ者だった。「商品に手を出さない」というのが芸能界のルールだと思っていたが、その男は2回もそれを破っていることになる。さすがに二回りも年上を相手に美優が浮気をするとも考えられず、僕はその意味では安心していたが、一方で「今日は肩に手を回された」とか「お尻を触られた」とかいう話を美優にされるたびに、いますぐ事務所に行ってその男をぶん殴ってやりたい気持ちに駆られた。事務所のHPで男の顔写真を見たが、いかにも好色で下品そうな顔つきの太った中年で、僕は強い嫌悪感を覚えた。




 「あの人、ほんとにタチ悪いんだよね。あの人のセクハラで事務所やめた子も結構いるって聴くしさ。すっごいデブでヒゲもぼーぼーで、ご飯食べる時もくちゃくちゃ音立てるし。ほんと気持ち悪い人だよ」


 「えっあたし?あたしは大丈夫だよぉ、ハルくんがいるのに浮気なんてしないし、セクハラされたときも一回みんながいるとこで『やめてください!』って大声だしたことあるから、もう全然平気だよ」


 美優はそう言ってくれたが、彼女の携帯には事実、毎日のようにしつこい誘いのメールが届いていた。中には「俺と付き合ってくれたらすごい見返りがあるんだけどな」というような取引じみたメールもあるといい、僕は美優に別の事務所に移ることも提案したが、契約の関係でそれは現実的ではないのだそうだ。


 プロデューサーのセクハラ問題に加え、事務所が美優のためにピンで取ってくる仕事が次第にきわどい方向にシフトしていっていることも、彼女を悩ませる問題のひとつだった。

 「あのね、事務所からちょっとアレな仕事の依頼が来たんだ。こないだの深夜枠のアイドル番組なんだけど、今回は水着なんだって。しかも普通のじゃなくて、結構きわどいデザインのやつ。それで牛乳が入った水鉄砲掛けられたりするんだって。あたし絶対やりたくないんだけど、事務所は前向きみたいでさ・・・」

 そう美優に相談されて、僕はさすがに言葉に詰まった。正直「このあたりであきらめたらどうか」と提案したい気持ちはやまやまだったのだが、事務所にはダンススクールやボイストレーニングにかかる費用の一部をずっと負担してもらっているらしく、ここで勝手に契約を打ち切ってしまうと大きな負債が残るだけだという。「次のオーディションに受かれば」の繰り返しは、まるで「次は勝つから大丈夫」と言って借金を繰り返すギャンブラーに似た行為だと、僕は遅ればせながら気付いたのだった。

 「やばいね、そろそろなんとかしないとね...」

 このところ、美優は口癖のようにそう言っていた。仕事があるようには見えないのに、事務所に拘束される時間はどんどん増え、デートもほとんど出来ない日々が続いている。一方の僕も就職活動の時期に突入し、美優との関係は次第にぎくしゃくしたものになっていった。
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キングギドラのスタァ誕生みたいな話になるのかなぁ
[ 2012/05/14 18:44 ] [ 編集 ]

ワクワク(・∀・)
[ 2012/05/14 19:22 ] [ 編集 ]

間違ってコメント書き込みが管理人の事前承認制になっていました。即反映されるように直しておきました、失礼しました。
コメントありがとうございます、頑張って続きを仕上げます!

最近この動画をダウンロード購入しまして(http://www.knights-visual.com/main/kv-090/)、今回はそれに触発されて書いてみたSSです。今回も短編で、全部でだいたい4話くらいでおしまいにする予定です~
[ 2012/05/15 00:54 ] [ 編集 ]

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