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陽美~凛々しかった妻の変貌~【16】

最終更新:2010/08/29 02:28 │ ブログ記事 | コメント(0)

「ここが、先輩のマンションか」

 

吉岡亮介(よしおか・りょうすけ)は、駅近くに建つ大きなマンションを見上げて、ごくりと喉を鳴らした。古臭いデザインのリュックサックを背負い、よれたTシャツにジーパン姿。胸板のうすい貧相な体つきのわりに、下腹はぽっこりとせりだした、情けない風貌の男だ。この春に田舎から上京し、都内の私立大学に入学したばかり。東京の地理にはまだ慣れておらず、ここまで電車を乗り継いでくるのにもずいぶんとまごついたものだった。

 


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亮介は携帯電話を尻ポケットから取り出し、もう一度「タカシ先輩」にもらったメールを確認する。「パークサイドマンションA棟」。間違いなくこの建物だった。

さっきから、どうしても胸が高鳴るのを抑えられない。制御できなくなっているのは、もちろん下半身の昂ぶりもだった。

 

(ど、どこまでマジなのかな、あの噂・・・)

 

先輩にもらったメールの文面を何度も読み返しながら、亮介はひとりごちた。学内でもっともらしく流れる先輩の「噂」・・・ついに、自分で確かめるときが来たのだ。

 

* * *

 

タカシ先輩は、マジで狂っている「アブない人」。亮介はそんな噂を学内で何度も聞いてきた。

 

先輩は派手な金髪にいくつもあけたピアスが物騒な、いかにもチャラそうな人だ。顔立ちは整っていて無害そうに見えるのに、実際は盗み、詐欺、違法なクスリやギャンブルまでなんでもござれの凶悪人物だという。

先輩が1年生のときに作ったサークルは、名前こそ健全なテニスサークルを装っているが、出会い目的、SEX目的のいわゆる「ヤリサー」だ。先輩はサークルでは普通の人のように振舞いつつ、夜は柄の悪いグループでつるんで、振り込め詐欺だとか、クスリの取引だとかで大もうけしているらしい。

 

亮介は正直なところ、そんな噂をほとんど話半分に聞いていた。どぎつい評判を知らず、入学時の勧誘で適当に入ったこのサークルだったが、飲み会こそ激しいものの、別に違法な活動をしているような感じはしなかった。ウワサの「タカシ先輩」は、会ってみると意外に穏やかで頭のよさそうな人だった。金回りがいいのは資産家の息子だからで、最近になって高級マンションに引っ越したという。風評はずいぶんあてにならないものだと、亮介は狐につままれたような気持ちになったものだ。

 

確かにうちのサークルは出会い目的の男女ばかりが在籍しているし、週何回もまじめにテニスをやるなんてこともない、言わばコンパがメインの団体である。コンパが終われば気のあったカップルがホテル街に消えていくなんていうのはしょっちゅうだったが、見た目のあかぬけない亮介がそうしたパートナーを見つけるのは困難だった。

学内でもっともらしく流れる風評の中でも極めつきなのは、「先輩は都内に便利な『メス奴隷』を何人も飼っていて、先輩が気に入った童貞の一年生は『下半身のお世話』をして貰える」というもので、女性経験のない亮介もこれには少なからず期待したものだったが、これまでのところそんな「役得」は一度もありはしなかった。

 

ウワサなんてあてにならない。亮介にとってはそれよりも、まずは前期の期末試験をどう乗り切るかが重要だった。気がつけば、最近はサークルの飲み会に顔を出すことも少なくなっていた。

 

 

* * *

 

 

くだんの「タカシ先輩」とまともに話をしたのは、先週の日曜が初めてだった。初めての試験が目前に迫っているというのに、高校のころの仲間と3次会まで飲み明かした帰りのことだ。午前1時ごろ、酔っ払ってふらふらと歓楽街を歩く亮介に、タカシのほうから声を掛けてきた。

 

「よお、亮介じゃん。こんなとこで何してんの」

「あ・・・先輩。チワッす」

 

タカシは6、7人のガラの悪そうな仲間と一緒だったので、亮介はぎくりとした。男はスキンヘッドやサングラス姿のいかにもイカツイ面々。2人いる女は露出度の高い服装をした、ブランドとアクセサリーにしか興味のなさそうな黒ギャルだった。面倒なことに巻き込まれては大変だと思い、ぺこりと頭を下げてその場を離れようとした亮介だったが、タカシに強引に肩を組まれてしまい、逃げ場を失った。

 

「おーこいつ、うちのサークルの一年坊な。かわいそうなことにまだまだ童!貞!みたいでーす!」

 

ずいぶんと酔っ払っている様子のタカシは、そう言って彼を紹介した。仲間たちから失笑とからかいの声が漏れたが、亮介は愛想笑いをするしかない。よっしゃ、童貞くんを囲んで2次会と行こうぜ。タカシはそう言って、強引に亮介を連れて夜の街へと繰り出した。とんでもないことになってしまったと亮介は冷や汗をかいたが、後の祭りだった。

 

そのあとの記憶は、かなりあいまいだ。カラオケボックスでしこたま飲まされ、歌わされ、明け方までコワモテの面々と遊び歩くハメになってしまった。亮介が頭痛とともに目を覚ましたのは渋谷駅近くの公園で、持っていたはずのバッグはなくなり、ズボンに辛うじて入っていた財布はほとんどカラになっていた。はっきりと覚えているのは、「お前気に入ったよ。童貞、今度捨てさせてやるぜ」という冗談じみた先輩の言葉だけだった。

 

数日後、偉い目にあったと後悔していた亮介のもとに、一通のメールが着信した。「約束の件」と書かれたそのメールは、アドレスを交換した覚えのない、あのタカシ先輩から届いたものだった。

 

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