「俺の女、いつでもマンション行けばタダでヤラしてくれっから。合言葉聞かれたら、『 』って言えば一発でも二発でも抜いてくれるよ」
マンションの共同玄関に入った亮介は、メールのそんなくだりを思い出しながら、腕時計で時間を確かめた。ちょうど、夜7時をまわったところだ。メールには「日曜の夜ならいつでもいい」と書かれていたが、この時間でよかったのだろうか。
自問しても、もちろん答えが出るはずもない。亮介は腹を決めて、オートロックのパネルを操作した。部屋番号を入力し、ENTERキーを押す。数秒間の呼び出し音のあと、パネルのマイクから女性の声が玄関ホールに響いた。
「はーい。どちら様かしら?」
「あ、よ、吉岡です!初めまして、あの、タカシさんのご紹介で・・・」
「あはっ、そんなにカチカチにならなくていいのよ?今日はぜんぜんお客さんが来なくて、ずっと暇だったんだから」
「あ、あは・・・どうもすいません、道がちょっと、迷ってしまって」
「うふふ、ほら、緊張しないでってば。タカシ様はいまお出かけ中だけど、ちゃんとルールは聞いてるかな?合言葉。あたしの名前、言える?」
「あ、はい・・・えと、だ、『誰にでも股を開く、万引き大好き淫乱妻の、トウドウハルミさん』・・・これで、いいですか?」
「くすっ、どうぞいらっしゃいませ♪」
ガチャリ、と重い金属音がして、共同玄関のロックが開いた。亮介はジーンズの下で既に勃起しているモノを意識しないようにして、マンションの内部へと足を踏み入れる。男に媚びることが日常と化しているような艶めいた声に、陰茎は限界まで反応してしまっていた。
『あいつにはピル飲ませてるから、避妊はしなくていいぜ。あと、変わったペットが居るけど気にすんなよw』
先輩のメールは、そんなふうに結ばれていた。「変わったペット」とはいったい何だろうか。いぶかっていた亮介だったが、今更考えてもしょうのないことだと思い直す。ここまできたら、もう行くしかないのだ。
エレベーターを降りると、すぐに目的の部屋の前に着いた。亮介はためらいながら、やや緊張に震える指でそのインターホンを押す。はーい、と中から女性の声が聞こえて、扉が開いた。
「いらっしゃい、ヨシオカくん」
出迎えたのは、体のラインどころか乳首まで完全に透けて見える薄手のネグリジェを身に着けた、20代なかばに見える美しい女だった。
唇には派手なルージュを引き、パンパンに張り詰めた美巨乳の先には、違和感を禁じえない乳首ピアスがちゃらちゃらと光っていた。彼女が身じろぎするたびに、ピアスの先に渡された数条のチェーンが揺れて、なんともいえない淫靡さを醸し出している。股間にあるはずの茂みはなく、つるつると剃りあげられた上に、なにやら卑猥な図柄のタトゥーのようなものが彫りこまれていた。
パソコンの画面越しではなく、直接女性のからだを目にしたのは初めてだった亮介は、女の風体のあまりの卑猥さにぐびりと喉を鳴らした。
「ご主人様は見栄っ張りだから、たまぁにサークルの童貞くんのお世話をしろってご命令なさるのよね。うふっ、そんなに不安そうな顔しないで?お金なんて取らないんだから。今晩だけ、あなたのメス奴隷になってあげる♪」
うわさを又聞きして勝手にあたしを抱きにくる学生さんが増えちゃって、合言葉を作ったのよね。そう言って、美女はころころと笑った。親しげに腕をからめ、亮介の下半身を手のひらでまさぐったかと思うと、不意に耳元に顔を寄せる。
「あらぁ、もうおチンポ様バッキバキになってるじゃない。先走り汁でたっぷりぐちゅぐちゅのチンチン棒、あたしの体のおまんこでもケツ穴でも、あなたの好きなほうに突っ込んでいいのよ?」
卑猥な単語をためらいもせずささやく美女に、亮介は狼狽した。白い指をまるで恋人のように絡めて、亮介を部屋の中へと誘う。ガチャリ。背後で、扉が音を立てて閉まった。
「いらっしゃいませ、お客様。妻を一晩、どうかお好きなだけ可愛がってやってください」
玄関にもう一人、異様な風体の男がはいつくばっているのに気付き、亮介はさらに驚いた。
全裸におむつ姿、そして犬がするような首輪を身に着けたその男は、眉をゆがめた卑屈そうな笑顔を客人に向けて、へらへらと笑った。これが先輩のいう「ペット」か。異様な世界に足を踏み入れてしまったことに遅まきながら気付き、亮介はあまりの展開に、軽いめまいを感じた。
「ああ、気にしないで。この子は『ポチ』っていうの。タカシ様とあたしのペットよ。元はあたしの夫だったんだけど、他人に妻を寝取られて目の前で犯されるのが大好きな変態になっちゃったんで、こんなふうな生活をしてるの。ご飯でも買出しでも、好きに注文していいからね」
陽美はそう言って、笑った。「ポチ」はいかにもそのとおりでございますと言うかのように、深々と頭を垂れた。
あとで亮介が尋ねたところによると、ポチはタカシ先輩に禁止されているにもかかわらず、留守中にインターネットでエロサイトを覗いてオナニーをしてしまったのだという。そのサイトに掲載されていたのは「妻を寝取られた夫が間男に調教され、おむつをあてがわれて人間以下の畜生扱いをされる」というニッチ過ぎるエロ小説で、ポチはルールを破った罰として、お望みのとおり「人間以下」に落ちたのだそうだ。「小説のとおり、人間みたいにトイレに行くことも座って食事することも禁じているから、ポチはもうおしめがないと外出もできないのよ」。にこにことしてそんなことを話す陽美に、亮介はそら寒い思いを覚えた。
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