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陽美~凛々しかった妻の変貌~【3】

最終更新:2010/07/14 21:37 │ ブログ記事 | コメント(1)

「離婚してください」

 

自宅のリビングで、記入済みの離婚届を前にした陽美にそう告げられるまで、博隆は興信所に尾行されていたことに全く気づいていなかった。さきほどまでそ知らぬ顔で美香との逢瀬を楽しんでいた博隆は、あっけに取られた顔で妻の顔を見つめる。陽美は茶封筒に入った十数枚の写真をテーブルにぶちまけると、ぽろぽろと涙をこぼして嗚咽した。その全てに、ラブホテルに美香と腕を組んで出入りする自分の間抜け面が写っていることに気づいた博隆は、全身の血がさあっと引いていくのを他人事のように感じていた。


ハニカム  ハニカム

 

 

「あたしをほっぽって若い子と寝まくって、楽しかったでしょう?」


陽美は何かをあきらめたような口調で、そう問いかけた。「何か勘違いしてるんじゃないか」「誤解なんだ、話しあおう」「俺を疑ってるの?浮気なんてしているわけないじゃないか」いろいろな言い訳が一瞬で脳裏を駆け巡ったが、目の前にぶちまけられた写真がその全てを否定した。自分がもはや崖っぷちにいることを悟った隆は、胃の辺りが痙攣しはじめているのを感じながら、声を絞り出した。


「ごめん、本当に…出来心で…」


「はぁ?ふざけないでよ!あっ、あたしはど、どうなるのよ。一生懸命ひなの世話してさ、仕事も辞めてさ…もう、じ、人生おしまいじゃな…ううっ、あんたなんかと結婚するんじゃなかった…本当に、ほ、本当に後悔してる……一生大事にするって言った癖に・・・・!」


「あ、なんていったらいいか…もう本当に、ぜ、絶対に浮気はしないよ、この通りだ!何でも、何でもするからゆ、許し・・・」


「・・・何でもするの?じゃあ、いますぐ死んで?消えていなくなってよ。あんたの顔なんて、もう一生見たくないから!」


「・・・」


「何のためにあたし、仕事まで辞め、やめて…うぐっ、う、うああああああんっ!」

 

美しい顔をゆがめて自分をなじる彼女に、博隆はひたすら土下座してわびるしかなかった。陽美の叫び声に驚いた陽菜が、ベビーベッドの中で大きな声を出して泣き出す。博隆はカーペットに額をこすりつけたまま微動だにせず、夜が明けるまで詫び続けた。博隆が幸せだと信じていた家庭生活が、いとも簡単に終わりをつげた夜だった。

 


     *  *  *


 

陽美はこの夜を境に、全く別人のようになってしまった。博隆が帰宅しても「お帰り」の一言もなく、彼がどう話しかけても、うっとうしそうな視線を返すだけ。家でじっとして、娘を含めた全てのことに興味を失い、死んだ魚のような目で日々を過ごす陽美に、博隆はこれ以上ない後悔と後ろめたさを感じていた。

ダイニングテーブルの上には、陽美が出したままの離婚届がまだそのままになっている。博隆はその緑色の紙が目に入るのもいやだったが、片付けようとすると陽美が「離婚してくれるの?」とでも言いたげにこちらに視線をやるので、どうしようもなく放置を続けていた。
 博隆は決して離婚届にサインするつもりはなかったが、陽美はけして急かしたりすることなく、かといって前のように明るく振舞うでもなく、淡々と彼を無視し続けた。ある日博隆は意を決して、陽美の前で美香に電話をかけ、はっきりと別れを告げてみたこともあった。

「これでいいだろう?もうあんな女とは会わないよ」「ぼくが愛してるのは陽美だけなんだ。許してくれ」

 そんな言葉が、リビングに空虚に響いた。陽美はほとんど反応せず、もう全てがどうでもいいとでも言いたげな様子でベッドルームへと引き上げただけだった。その夜、美香から「バイバイ」とだけ書かれたメールが届き、博隆は遊ばれていただけだということに遅まきながら気づいたが、全てが手遅れだった。美香も陽美もいっぺんに失い、彼に残っているのはまだ言葉もうまく話せない愛娘一人だけになってしまったのである。



 博隆はそれでも妻に根気よく詫び続けた。毎日のように花やケーキを買っては、極力残業をせずに家に戻るよう努めた。「時間が傷ついた心を癒してくれる」という甘ったるい幻想を、彼は信じていたのだ。彼の支えはそんな考えだけだと言ってよかった。こんなときに頼れる親兄弟や親友というものは、博隆にはいなかったのだ。

 



 もちろん彼の淡い幻想は叶うことはなかった。1週間が経っても、2週間がたっても、陽美が再び博隆に心を開こうとする様子は見えなかった。最初はただ無視するだけだった彼女は、しだいに博隆を徹底的に嫌悪し、肩に手を触れようとしても乱暴に振り払うようになってしまった。もちろん夫婦の関係など今更ありえるはずもない。陽美は博隆に触られるどころか、体を見られることすら嫌がるほどに、彼を拒絶していたのだ。


 一日中笑顔も見せず、ただただ無表情を続ける陽美。にこりともせず陽菜のおむつを替えている妻に、博隆はぞっとするような思いを感じていた。陽美が何を考えているのか、まったくわからない。いまは嵐を耐えるように、ただじっとしていることしかできなかった。

 


         * * *

 

陽美が全てをぶちまけたあの夜から、ひと月がたった。

 ある頃から、陽美は家を留守にすることが多くなっていた。博隆が仕事から帰っても家はがらんとして、陽菜がベビーベッドで一人で放置されている。陽美は彼にだまって、毎晩のようにどこかへ出かけているようだった。夕食の用意すらされておらず、博隆は毎日インスタント食品を口にせねばならなかった。

そうした日が何日も続いたので、さすがの博隆も陽美を叱咤した。

「陽菜の世話もせずどこを遊び歩いているんだ」

「毎日夕食の準備をしろとは言わないが、連絡くらいあってもいいだろう」・・・。

 しかし、陽美は冷たい目で彼をにらみ返し、「自分は外で若い女とヤリまくっておいて、あたしにはいつも家にいろって言うわけ?あんた何様なの?」と軽蔑したように言い放った。博隆には既に、一家の大黒柱としての威厳は全く無くなってしまっていたのだ。もちろん陽美からの愛も、である。


 陽美は博隆を無視したり、夕食の用意を怠ったりするだけでなく、陽菜の世話も日に日にぞんざいにするようになっていった。まるで他人の子どもを見るような目で陽菜を眺める妻を、博隆はある日目撃してしまった。「ママ、ママ」と泣いている陽菜の横で、無表情で立ち尽くす陽美。博隆はその日から、陽菜の世話はすべて自分でみることを決めた。
 

 


「なあ、陽美・・・最近はどこに行ってるんだ?ひなをほっぽりだして、いくらなんでも・・・」


「は?なに、うるさいんだけど。別にどこに行ってても勝手でしょ?あなたも別に、好きに風俗でも行ってていいのよ?もうあたしたち、とっくに終わってるんだから。それとも、いますぐ離婚してくれるわけ?」


「勘弁してくれよ…。頼む、前の君に戻ってくれ。俺が悪かったよ…」


「じゃあ、あなたは浮気する前に戻ってくれるの?もうどうしようもないって、あなたもわかってるでしょ?」


「・・・」


「離婚する気がないんだったら、あたしも好きにするから。もうそれでいいじゃない。あたしを解放してよ」


「陽美・・・」

 

「もうあたし、いろいろどうでもいいんだ。離婚してもいいし、しなくてもどーでもいい。一番どうでもいいのは、あなたのこと。わかる?」

「・・・」

「じゃあ、行って来るから」


         * * *


 それからさらに、1ヶ月がたった。

 博隆が残業を切り上げて帰宅し、陽菜を風呂に入れて寝かしつけたころに、ようやく泥酔した陽美が帰宅する。そんな毎日が、いつからか藤堂家の日常になっていた。きょうも金のチェーンのついた高級ハンドバッグをぶら下げ、巨乳をさらに強調するような悩ましい格好でソファに倒れこむ陽美を、博隆は胸に穴が開いたような思いで見つめていた。

 

 このところ、陽美は次第に派手な化粧をし、露出度の高い服装で夜の街に繰り出すようになっていた。豊かな乳房が広くあらわになるようなワンピースや、太ももがちらちらと見える大きなスリットの入ったスカート。いままでつけたこともないじゃらじゃらとしたピアス。ピシッとしたスーツ姿で出勤していた独身時代からは全く考えられないような、どぎつい格好だ。陽美が毎晩どこに行っているのかはわからないが、服装からすれば、いわゆる繁華街のクラブのようなところに出入りしているのではないかと博隆は想像した。

 陽美は居間のソファにだらしなく横になり、博隆と一言も交わさないまま眠りに落ちてしまった。もう数日、彼女とまともな会話を交わしていない。以前はつけたことがなかったはずの原色のマニキュアが彼女の爪を彩っていることに気づき、博隆は複雑な思いを覚えていた。まじめで貞淑な陽美が、どうしてこんな短期間に変貌してしまったのだろうか。


 これは陽美なりの「復讐」なのではないかと、彼は感じていた。浮気をした自分へのあてつけで、妻はわざとふしだらな格好をし、自暴自棄な行動をとってみせているのではないか。変わってしまった自分の姿を見せつけることで、あやまちを徹底的に後悔させるつもりなのではないか。


 三十路目前の人妻が娘を放り出し、「男漁りをしている」としか表現しようのない格好で、毎晩繁華街を闊歩している事実。凛々しいキャリアウーマンだった彼女が、こんな娼婦のような服装で深夜まで遊び歩くなど、彼の想像の外の出来事だった。これが浮気の罰だとしたら重すぎると、彼は自分以外の誰かを呪った。人妻にあるまじき服装で、家庭も育児も放棄して街に出る陽美。すねに重い傷を持っている博隆は何も言うことができず、ただ漫然と傍観するしかなかった。

 




 陽美の放蕩のかげに男がいるのは、ほぼ間違いない。日がたつにつれて、朴念仁で恋愛経験も少ないまま結婚した博隆にもさすがにそれがわかってきた。陽美の奔放な生活は繰り返し続き、どんどん悪化しているように彼には見えた。日をおうごとに彼女の帰りは遅くなり、服装はどんどんだらしなく、男好きのするような浅ましいものに変わっていった。

 マンションの前に止まった見慣れないワンボックスカーから、陽美が下りてくるところを目撃したこともあった。
車高が不自然に低く、周囲にドンドンと大音量のクラブミュージックを垂れ流す迷惑な4WD。まじめな陽美のこと、こうした放蕩生活は自分へのあてつけなだけで、実際には不貞行為などしていないだろうと博隆はたかをくくっていたが、さすがにあんな車から妻が下りてきたのには、彼もショックを隠しきれなかった。

 

 

 

陽美が携帯電話を手放さなくなったのも怪しかった。陽美が家にいることはめずらしくなっていたが、少なくとも彼の目がとどくあいだはまるで女子高生のようにしじゅう携帯をいじり、誰かと頻繁にメールをしているのだ。


「誰とメールしてるの?」


 
勇気を出してそう声を掛けてみても、陽美は面倒くさそうに「友達よ」と返すだけだった。

 

「何?一丁前に浮気を疑ってるわけ?」


「え、いや・・・」


「自分は小娘とパコパコやりまくってたのにね。ね~ひなちゃん、パパはママより若い女のおマンコがだいちゅきなんでちゅよ~」


「おい!ひなにそういうことを・・・」


「はぁ?事実でしょ?別にいいのよ、もうなんだって。あたしも好きにしてるだけだから」


「・・・」


「陽菜にも浮気男の血が流れてるんだもんねー。きっと高校くらいになったらすっごいスケベな子に育つわよ?この子。くすっ」

 

陽美は鼻で笑い、軽蔑するような視線を投げて寄越した。博隆は胸がつぶれそうになったが、どうしても妻をそれ以上問いただすことができない。

 



(全部、俺が陽美にしたことと同じことなんだ。俺が浮気してたとき、陽美はいつもこんな辛い気持ちで過ごしていたんだ・・・)



 

そう思うと、彼は一切の言葉を失ってしまう。

 博隆は善人だった。妻を信じて見守り続けることが自分にできる最良の行動だと、彼は愚かしいほどに信じていた。自身のそうした性格は事態をいたずらに悪化させるだけだということに、事ここにいたっても、彼は気づかぬままでいたのである。

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[ 2012/10/13 17:22 ] [ 編集 ]

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