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陽美~凛々しかった妻の変貌~【7】

最終更新:2010/07/18 21:02 │ ブログ記事 | コメント(0)

自分のすみかであるはずのマンションを、あっさりと他人に追い出された博隆。彼の足は、無意識のうちに最寄りのコンビニへと向かっていた。顔を伏して、とぼとぼとマンション前の坂を下っていく。いくら忘れようとしても、妻と見知らぬ男がいちゃいちゃと舌を絡めているシーンが、どうしても頭をちらついて離れなかった。

あんなガラの悪くて軽薄そうな男に、どうして陽美がだまされてしまったのか。タカシという男の鼻にくっついていた下品なピアスを思い出し、博隆はさらに不快な気分になった。

 


ハニカム  ハニカム

 

初めて会ったばかりの年下の男――ふてぶてしくも妻の「彼氏」と名乗った無礼な大学生に言われるがまま、外に煙草を買いに行かされる屈辱。博隆はなぜか大人しく従っているが、普通の人間ならその場で激高し、間男に殴りかかってもおかしくはない状況だった。博隆にはケンカの経験こそなかったものの、決して体格は悪いほうではない。身長が違うとはいえ、へらへらした大学生ひとり殴り倒すことも、決して不可能ではなかっただろう。

 

しかし不思議なことに、彼はそうしなかった。拳を握ることもなく呆然とし、2人に言われるがままに部屋を追い出されただけである。いつも人の言いなりになり、強く命令されると抵抗できない性格。それは、博隆の生まれついての性分だった。いじめられていた昔も、結婚した今でさえも、彼はずっと「絶対に人に逆らうことができない人間」でありつづけているのだ。

 

* * *

 

子どものころから、他人に強く命令されたことには盲目的に従ってしまうタイプだった。それが物心つくころから同級生にいじめられ続けてきたために身についた「処世術」なのか、それとも生まれつきの性格なのか、博隆にはわからない。とにかく彼は、家族や教師、友人といった回りの人間の言うことに従い続けて、これまでの人生を生きてきた。

「勉強しろ」と言われれば言うとおりにしたし、部活も、受験も、全てを他人にすすめられるままに決めてきた。彼の性格は一言で言って「付和雷同」としか表現しようのないものだった。一緒にいる人間が不意に笑えば、理由がわからなくてもにこにこと作り笑いをする。そうることで、目立たず、角が立たず、安穏とした生活を送れることを彼は知っていた。

空気を読んで行動し、努力する博隆を、周囲は基本的に優秀な人間だと受け止めていた。一流私大に合格し、有名企業に就職が決まったことさえも、彼のこうした性格に依るところが大きいと言える。しかし、彼の内面が年を経るごとに微細な変化をしていったことに、気付いた人間は全くいなかった。彼の「命令されると逆らえない」「角を立てないで生きていきたい」という性格は、しだいに「誰かの命令に従って生きていたい」、「逆らえない命令をされたい」という『性癖』に変化していったことを。

 

 

 

彼はこれまで、陽美の浮気や豹変ぶりをなかば黙認し、放蕩生活を続ける妻に言われる通り、いわゆる「パシリ」のような日々を送ってきた。

 

「妻に捨てられてしまうから」

「家族と家を失ってしまうから」

「いつか時間が解決してくれるかもしれないから」――

 

これまで彼は自分にそうした言い訳を続けていたが、それは真実ではなかった。彼はいつしか、高圧的な命令に無条件に従う「悦び」に目覚めていたのである。博隆は、妻がけばけばしい格好に目覚めていくたびに、汚い言葉遣いで罵倒するたびに、密かに局部をたぎらせ、興奮していた。博隆が上司である陽美に心をとらわれ、懸命に従い続けて来たのも、その性癖によるところが大きかったのだ。

 

 

「ヒロ!煙草を買ってきなさい!」

「わたしに触るなって言ったでしょ!ヒロ!」

「食事の用意はどうしたの!早くやりなさい!」

「ヒロ、彼にあいさつしなさい!ほら早く!」

 

妻に吐き捨てられるように命令されることで、彼は興奮し、いつもトランクスに大きなテントを張っていた。博隆は妻から飼い犬のように命令を受け、それに従うことに性的快感を見いだす変態マゾだったのだ。しかも、彼のM性はそれだけにとどまらない。妻に隷属するだけでなく、他人に妻を寝取られる屈辱にすら感じてしまう、真性の「寝取られM男」だったのである。

 

もちろん、博隆はまだそんなことには気付いていない。妻に男がいることを感づいてはいたものの、突然その本人が姿を現したことに混乱し、どう対応していいのかわからなくなっているというのが正直なところだった。ただ、そんな状況でも「煙草を買ってこい」という命令に忠実に動いているのが、彼の異常性の表れといっていいだろう。陽美はこれまでの結婚生活で彼のそうした性格にうすうす気付いており、最大限に利用しようと画策しているのだった。

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