【第17章】変わる意識
咲希が倉田のモノに堕ちてから数週間が経った。翔太は妻の変化に気づかぬまま、倉田の命令で毎日遅くまで残業に精を出している。倉田による咲希への洗脳はある意味で新たな段階へと進行していたが、妻の微細な変化にすら頓着しない彼が、そのことに気づけるはずもなかった。
彼の妻は既に、メール一本で尻尾を振って彼氏のチンカス掃除にやってくる下品なメス豚と化している。かつては無能な夫にかいがいしく尽くしていた健気な彼女も、いまや変態セックスや高級ブランド品をえさにケツを振る淫乱女に堕ちた。鼻にかかったいやらしい声でカルティエの新作時計をおねだりしながら、じゅぼじゅぼと肉棒をしごきたてる姿はまさに娼婦か愛人そのもの。「風俗に通いつめている夫を助ける」などという小細工で咲希を操る必要は既になくなり、倉田はいよいよ彼女の洗脳に熱を込めていた。
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咲希はいま、自分の中にすっかり夫への気持ちがなくなっていることに、ある種のすがすがしさを覚えていた。信じていた夫に裏切られていたという強い悲しみや、横領をしてまで風俗に通い続けるようなくだらない男が自分の伴侶であるという情けなさ、倉田のテクニックと異常な性行為の気持ちよさにずぶずぶとハマっていく自分への恐怖、倉田との時間を邪魔する夫という存在への憎しみ。倉田と寝たことに対する罪悪感だって、しばらくのあいだは身を焦がすように感じていた。そうしたもろもろがないまぜになった複雑な感情は、しかしいつからか薄れ、いまは夫に対してひとかけらの感情も動かない自分がいる。
いま彼女が夫に対して感じるのは、正直なところ「滑稽さ」だけだった。妻を上司に寝取られているなど夢にも思わずに、あくせくと安い給料を貰いに毎日会社に通う夫。倉田に比べ、みじめで力ない身体。服のセンス、器の大きさ、経済力、学歴。きっと、じゃんけんですら、翔太さんが「彼」に勝てることはないだろうな、と彼女は思う。倉田さんと比べたら、夫の貧相な顔つきからペニスの大きさまで、すべてが滑稽に思えてしまう。今朝も夫が出かけるのを見送りもせずにベッドで過ごした彼女は、部屋でメンソールのマルボロに火をつけながら、くすくすと思い出し笑いをした。
化粧が娼婦のようにド派手になろうが、煙草のにおいをぷんぷんさせていようが、わたしのことを信じきっている翔太さん。部屋の中に増えていくブランド品にも気づかないし、しばらく夕食の用意なんてしなくても、文句一つ言わない。お人よしを通り越して、馬鹿な人だなと思う。あたしはいつ、どうしてこんな男と結婚しようなんて思ったんだっけ。思い出せないけれど、自分の人生の汚点だったことだけは確かだ。このあいだは彼の命令で、残業から戻った夫に久しぶりに手料理を食べさせてやった。夫は何か感激したふうに目を輝かせていたが、それが彼のために心をこめて作った夕食の「残飯」だと知ったらどんな顔をするだろう。その日は夫が遅くなると知っていたので――もちろんたっぷり残業をしろとカレが命令したからだけど――夕方から日付が変わるまで、自宅のリビングやキッチンでカレとバックでハメまくっていた。夫を働かせているあいだに自宅でするラブラブセックスは最高だ。倉田さんの大好きな裸エプロン姿で、カレのために夕食を作りながら何回もハメてもらった。あたしの体と手料理を堪能したカレが帰り際、「旦那が帰ってきたら食わせてやれ。笑えるよ」と言って、タンの混ざったツバを吐きすてた残飯。それをいかにもありがたそうにぱくぱくと食べながら、わたしに感謝する夫を見ていると、一種の性的興奮さえ感じてしまった。カレの影響であたしも変態になったものだと思う。
実は、あのぞくぞくする背徳感や興奮が忘れられなくて、夫にはしばらく自分のツバを混ぜたエサを与えていた。残業から帰ってくる直前に、「かーーーッペッ!」っと汚いツバを混ぜ込んだ残飯を、「あなた、愛してるわ」「今日も遅くまで残業ご苦労様」とばかりにご馳走するのだ。いつも食べ飽きるくらい高級な料理を口にしているわたしたちと違って、下層階級のみじめなサラリーマンには実に相応しい食事だと思う。むしろわたしのツバを食べられてよかったね、みたいな感情さえ湧いてくる。もう永遠に、この人があたしとディープキスすることなんてないんだから。
この間はちょっと調子に乗って、倉田さんに昼間たっぷり出してもらったザーメンをコンドームから搾り取って、いつもの残飯料理に混ぜて出してしまった。さすがに生臭さ(笑)に気づくかなとわくわくしながら見ていたら、あの人は全く気づかないで美味しい美味しいと食べていた。あのときほど笑いをこらえるのに苦労したことはないかもしれない。貧乏舌とはいえ、味がわからないにもほどがある。その夜はあまりの背徳感に興奮して、倉田さんにもらったバイブでオナりまくってしまった。情けない夫を見下すのがこんなに面白いとは思わなかった。
彼の命令で終電まで会社に残らせてこき使う間、わたしは赤坂のレストランで彼と優雅な食事をしたり、銀座でお買い物をしたり、立派なペニスでズボズボ調教していただいたりしている。残業をようやく終えてへとへとに疲れて帰ってきても、もらえるエサは上司のザーメン入りの残飯だ。そんなにしても、彼の年収は倉田さんの3分の1にも満たない。みじめな夫を裏切って倉田さんのチンポ掃除をしている自分があまりにいやらしく、それだけで興奮してマン汁があふれ出てしまう。いつかはドッグフードでも犬食いさせて、頭を踏みつけてやりたい。オナニーしているときはそんなことさえ思ってしまう。変態かな。でも、そうしてあげたほうが翔太さんは幸せなんじゃないかなと思うことがある。わたしがカレと出会って気づいたこと。「負け組には負け組なりの、分相応な生活というのがある」。
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彼女にとって、夫はもはや性欲を感じるためのトリガー程度の存在でしかなかった。あるいは、背徳感を感じさせてくれるスパイスのようなもの。彼女は倉田の愛の囁きを信じ込んでいたし、いずれ倉田が手配してくれれば、なけなしの慰謝料とこの家をもらって翔太を素寒貧で追い出せるだろうとまで計算していた。素寒貧で追い出すまでは、せめてこの家で飼っておいてあげよう。それが妻としての最後の勤めだわ。頭の端でそんなふうに考えながら、彼女は今日も倉田に貰った性具で自分の割れ目を慰めている。明日は美容整形外科に行く予定だから、あまりやりすぎてはいけない。カレの言うとおりに豊胸手術を受けたら、今までよりもっと可愛がって下さるだろうか? 自分がこれから受ける「改造手術」に思いをめぐらせ、彼女の興奮は最高潮に達しようとしていた。地味で質素だった翔太の妻から卒業し、見も心もカレのものになりたい。
かつて愛した夫のことは完全に忘れ、彼女は彼氏の名前を呼びながら、今日も絶頂した。(了)
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