【第25章】終わる世界①
20XX年夏。
いま、ある特殊な性癖を持つ者たちの間で、ひとつのブログが密かな評判を呼んでいた。一般的メディアなどには決して露出することはないそのブログは、「寝取られ趣味」を持つ者たちに向けたアダルトブログだった。はじめから1日あたり1000PVを超えるブログなどごくごく稀だというのに、そのブログは開設からほんのわずかな間で、日に1万ページビューという数字をたたき出す有名ブログに成長していた。
「ある男が、会社員の夫婦を徹底的に洗脳して支配下に置き、およそ信じがたいような変態的行為をさせては証拠の写真つきで報告する」―そんなスタイルで更新されるこのブログは、アダルトサイトのランキングをわずかな期間で駆け上り、いまや大型匿名掲示板でも複数の専門スレッドが立つほどにまでにネットユーザーの間で知れ渡っていた。
当初からのファンは、そのブログの前身が「変態さくらの調教日記」という小さなSM系ブログだったことを知っている。現在のそのブログは、ただ短く、「エスの世界」といった。
「エスの世界」に登場するのは、たった3人の男女だ。女を寝取った男「エス」、寝取られた女「さくら」、そして2人に完全服従するM奴隷「寝取られ夫」。その3者が閉じられた世界で送る変態的生活は、ノーマルなセックスに飽いた世の人々の持つインモラルな側面を刺激し、次々に虜にしていった。とにかく、肉体改造や人権無視といった同人誌や成人向けPCゲームでしかありえないような非現実的なプレイを、このブログでは当たり前のように実行していくのである。鍵つきの貞操帯による射精制限、逆トイレトレーニング、おむつ調教、女装調教、露出調教、アナル調教、間男と妻のセックス補助をさせられる夫、人権無視の奴隷契約書――。そうした変態的要素で埋め尽くされたこのブログは、寝取られ夫が妻の裏切りをきっかけに「エス」に屈服し、人権を放棄した変態奴隷に堕とされたところから始まる。
屈辱的な条項が定められた「奴隷契約」にサインした寝取られ夫は、エスによりすぐに仕事を奪われ、彼のマンションで「人間ペット」として飼われるようになった。マンションでは全裸でいることを強要され、四つん這いでいることで自分は人間以下の豚であることを教え込まれ、理不尽に射精を禁止され、オナニーしたければ間男に「役立たずの私の代わりに立派なおチンポで妻を犯して下さい!」「好きなだけ妻のおまんこの中に生で射精して下さい!」と懇願しろと命じられる、哀れな寝取られ夫。彼が寝取られマゾとして2人に虐げられるほど、ブログには劣情あふれるコメントが寄せられ、PVはさらに伸びた。当初は2人のセックスを手伝う奴隷程度の扱いをされていた寝取られ夫も、ネットユーザーたちのリクエストがエスカレートするのに従い、さらに男性としてのプライドをずたずたにされるような過酷な調教を受けるようになり、彼自身、それを望むようになっていったのだった。
一方、寝取られ妻「さくら」の変化も著しかった。目線が入っているものの、知り合いならすぐに特定できるレベルの修正しかされていない彼女の写真が、このブログには毎日のように載せられた。視聴者はそのギャラリーを眺めるだけで、「エス」に出会う前の見るからに聡明そうで清楚なOLが、次第に変態のエロケバ女に改造されていった過程が、手に取るように分かるのだった。
黒かった髪は次第に明るく染め上げられ、最終的には豪奢なブロンドヘアーに。化粧や服装も娼婦のように下品なものに変わっていき、性格すらも低脳で淫猥なすけべ女に改造されていく。ある時期からは突然、控えめだった胸がシャツから異様に大きくはみ出すみだらな爆乳になった。全身には日を追うごとに、卑猥なピアスが施されていく。
コメントで寄せられたリクエスト通り、あっさりと陰毛を永久脱毛したことすらあった。まさかそこまではしないだろうと踏んでいた読者たちもこれには驚き、同時に強烈に興奮したようである。「エスの世界」にはその後、「太ももに『ザーメン専用便所』って刺青入れて!」「顔と住所を公開してみんなの性処理奴隷になって!」などといった卑猥なコメントが日々殺到するようになったのだった。
* * *
――いま、ある一人の男性が、自宅でこのブログをオカズにして、激しく陰茎をこすりあげていた。ハァハァと息を荒くし、左手で不自由そうにマウスをいじくりながら、右手で勢いよくペニスをしごき続けている。よく見ると、彼が細かく上下運動を施し続けている股間の肉棒には、頑丈そうな錠前のついた銀色の貞操帯が取り付けられていた。それにも構わずに、彼はその貞操帯の上から、猿がするようなみじめなオナニーを続けているのだ。
目つきはうつろで、口元はだらしなく開き、よだれをあたりにぼたぼたと垂らしている。貞操帯のため射精することもままならないのか、彼は獣のようなうなり声をあげた。
「ああっ・・・咲希っ・・・!咲希っ!嘘だろ、嘘だって言ってくれよ・・・!なんで俺、こんなこと全然覚えてないのに・・・ハァ、ハァ・・・糞ッ!なんでイケないんだよ!ああああっ!」
男、工藤翔太はかつての妻の名を呼びながら、全てを呪いながら、永遠に満たされることのない空虚な自慰行為を続けた。彼が異常な目つきでのぞき込んでいるディスプレイの中では、ふりふりのメイド服に身を包み、アナルに極太バイブをぶち込まれて喘ぐ「寝取られ夫」が、こちらに向かって両手でピースサインをしている。目には申し訳程度のモザイクがかかっていたが、可愛らしくメイクされたその中性的な顔立ちは、一目見ただけでは男性か女性か判断がつきかねるほどだった。その写真の下には、「翔子ちゃんもすっかりアナルフェチの優等生になれました。まだおむつが取れない翔子をオカズにして、みんな一杯オナニーしてあげてね♪ もうすぐ手術しておっぱいも作る予定でーす。あとはこの子のケツに彫るえっちな刺青の図柄も募集中です♪」と、卑猥な注釈がつけられていた。
「変態さくらの寝取られ日記」の最後のエントリにリンクが記されていたこのサイトには、彼の失われた記憶を埋める全ての答えがあった。しかし翔太の壊れかかった精神には、いまやその事実を受け容れられるだけの余裕は残っていなかったのだ。彼は狂ったように涙を流し、意味のないオナニーをしながら、妻の名を呼び続ける。がらんとした一軒家には、その声を聞くものは誰もいなかった。
もうすぐ彼は気づくだろう。たかがエロ写真ブログにすぎない「エスの世界」が、短期間になぜこんなに有名なサイトになったかを。彼の精神がその嫉妬と恨みと興奮と劣情に耐えられるかは、彼の運命をここまで狂わせた倉田すらも知らない。ただひとつはっきりしているのは、妻の居場所を知ったとしても、彼はおむつを穿かなくては到底その場所にたどり着くことすらできないという、惨めな事実だけだった。
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